自動車の進化を語るとき、これまではエンジン、モーター、サスペンション、ボディ剛性といった機械的な性能が中心でした。しかし現在、その重心は少しずつソフトウェアへ移っています。NissanとHondaは2026年8月、次世代のSoftware-Defined Vehicle、いわゆるSDVに向けて、複数の電子制御ユニット、車載OS、主要なミドルウェア、車両制御ソフトウェアを共同開発・標準化する契約を締結しました。共同技術を組み込んだE/Eアーキテクチャは、2029年度以降に両社の次世代SDVへ適用される計画です。
SDVという言葉は、単に大型ディスプレイを搭載した車やスマートフォンと接続できる車を意味するものではありません。重要なのは、車両の機能や価値をソフトウェアによって継続的に変化させられることです。購入した時点で機能がほぼ固定される従来型の車に対し、SDVではOTAによるアップデートを通じて、ユーザーインターフェース、運転支援、車両制御、各種サービスなどを後から改善していくことが可能になります。
多数のECUから統合された電子アーキテクチャへ
現在の自動車には多数のECUが搭載されています。ブレーキ、ステアリング、エンジンやモーター、エアコン、インフォテインメントなど、それぞれの機能を別々の電子制御装置が担当してきました。車の電子化が進むにつれ、ECUの数やソフトウェアも増え、システム全体が複雑になっています。
NissanとHondaが共同開発の対象としているのは、この構造の中心部分です。両社はSoCを使用する高性能なメインECU、いわゆるHigh Performance Computerと、車両の各エリアを管理するzone ECUを含む複数の中核ECUについて共通仕様を策定します。さらに、その上で動く車載OS、主要なミドルウェア、車両制御ソフトウェアまで共同開発の対象に含まれています。
これは、機能ごとに独立した小さなコンピューターを増やし続ける考え方から、より集約されたコンピューティング基盤へ移る流れと見ることができます。ハードウェアとソフトウェアの構造を整理できれば、新機能を追加するときに車両全体を設計し直す必要が減り、異なる車種にも共通技術を展開しやすくなります。
なぜ競合する2社が基盤技術を共有するのか
NissanとHondaは当然、完成車市場では競合するメーカーです。それでも基盤技術を共同開発する理由の一つは、ソフトウェア開発の規模が急速に大きくなっていることです。
従来の自動車開発では、それぞれのメーカーが独自のECUや制御システムを開発する方法でも競争力を維持できました。しかしSDVでは、車載OS、クラウドとの接続、サイバーセキュリティ、OTA、ADAS、インフォテインメントなど、広い範囲を継続的に開発する必要があります。一度完成させれば終わりではなく、販売後もアップデートを続けなければなりません。
NissanとHondaは今回の共同開発について、開発サイクルの高速化と投資効率の向上が必要になっていることを理由として挙げています。共通の基盤を持つことで、同じような部分を2社が別々に開発する負担を減らし、規模のメリットを得る狙いがあります。
ただし、これは将来のNissan車とHonda車が同じ車になるという意味ではありません。OSやECUなどの下層部分を共有しても、その上にどのようなユーザー体験、走行特性、運転支援機能を構築するかによって、ブランドごとの差は残せます。スマートフォンでも、同じ種類の半導体や基盤技術を使いながら、製品ごとに操作感やサービスが異なるのと似た考え方です。
HondaとNissanはすでに独自のSDV戦略を進めている
両社がSDVに取り組み始めたのは今回が最初ではありません。HondaはHonda 0 Series向けのソフトウェア基盤としてASIMO OSを開発しています。Hondaによると、ASIMO OSはAD/ADASや車載インフォテインメントを含む複数のECUを統合制御し、OTAアップデートによって購入後も機能やサービスを進化させる構想です。
Nissanも独自のSoftware Defined Vehicle Platformを進めています。同社は2026年度からSDVプラットフォームを導入し、その後段階的に発展させる方針を示しています。ソフトウェア更新とデータ連携を利用し、購入後も車両機能を拡張していくことが中心的な考え方です。
今回の共同開発で注目すべきなのは、こうした個別の取り組みをすべて一つに統合するという単純な話ではなく、次世代車で必要になる基盤部分について共通仕様を作ろうとしている点です。それぞれのブランドが独自性を持ちながら、その下で動く電子アーキテクチャの一部を共同化する方向です。
車を購入した後も機能が変わる
SDVが普及すると、ユーザーにとって最も大きな変化は「納車時が完成形ではない」ことかもしれません。
これまでにもナビゲーション地図やインフォテインメントの更新はありましたが、SDVではアップデート対象がより広くなります。運転支援の制御、エネルギーマネジメント、車内のデジタル機能などが改善されれば、同じ車を数年間所有していても体験が変化する可能性があります。
一方で、アップデートできる範囲が増えるほどソフトウェア品質の重要性も高まります。スマートフォンのアプリで不具合が起きることと、走行に関係する車両制御で不具合が起きることは同じではありません。自動車では安全性や信頼性が最優先されるため、更新機能を増やすだけでなく、検証、サイバーセキュリティ、障害発生時の対応まで含めた仕組みが必要です。
また、将来的には「どの機能が購入価格に含まれ、どの機能が追加サービスになるのか」という問題も重要になります。ソフトウェアによって後から機能を追加できる車では、ハードウェアを買うだけだった従来とは異なるビジネスモデルが生まれる可能性があります。
日本車の競争力もソフトウェアで決まる時代へ
日本メーカーは長年、燃費、耐久性、生産品質、ハイブリッド技術などを強みにしてきました。しかしSDV時代では、それだけでは十分ではありません。車両の電子アーキテクチャ、ソフトウェア更新の速度、デジタルUX、クラウドとの連携なども商品価値を左右します。
NissanとHondaは2024年の段階から、電動化と知能化を中心とする戦略的パートナーシップの検討を開始し、対象分野として自動車向けソフトウェアプラットフォームも挙げていました。今回の共同開発契約は、その検討がより具体的な技術領域へ進んだものと見ることができます。
これは「機械からソフトウェアへ完全に置き換わる」という変化ではありません。走る、曲がる、止まるという車の基本性能は今後も重要です。むしろ変わるのは、その機械をどのように制御し、購入後もどのように進化させるかという部分です。
次世代の日本車では、エンジンやモーターのスペックを見るだけでなく、どのようなソフトウェア基盤を使い、どの範囲までアップデートできるのかが車選びの重要な要素になる可能性があります。NissanとHondaによる共同開発は、その変化が将来の話ではなく、すでに具体的な車両開発の段階へ入っていることを示しています。